| 2026年7月24日 |
| 茨城の給食(第2回) |
第2回目は、「日立市」についてです。 明治時代に宮田村と滑川村が合併し「日立村」が誕生しました。 日立市の学校給食は、戦後混乱期のこども達の栄養状態を改善する為、県内でも先駆的に始まったようです。 LARA物資とは、アジア救援公認団体の意味で、昭和21年から昭和27年まで提供していた、食糧その他の生活必需品などの救援物資です。 その後、1967年に北部学校給食共同調理場、1968年南部学校給食共同調理場が完成しました。 1971年には全国的に、脱脂粉乳から牛乳への切替も実施されました。 2019年には、老朽化に伴い、宮田調理場と十王調理場を統合した「新・北部学校給食共同調理場」が竣工しました。
|
| 2026年4月9日 |
| 茨城の給食(第1回) |
新シリーズとして、茨城県の給食の歴史についてご紹介していこうかと思います。 水戸市は2005年に、西茨城郡内原町と合併をして、現在の基礎を形成しました。 水戸市は戦後間もない頃から給食をスタートさせ、その時代に合わせて内容を変化させてきました。
その後、1951年に水戸市独自の給食が水戸市の小学校27校で開始されました。 戦後の食糧難が背景にあった為、小麦中心の献立でスタートしたようです。 70年以上も前の話しなので、かなり昔のように感じられますが、当時を知る方が近くにいらっしゃれば、是非お話しを聞いてみてください。 |














